2008年12月 (28歳) 平成20年(18年前)
恵比寿
2014年3月31日(24歳)
三井ホーム退社。あまりにも激務だったこととその世界にのまれてしまうところがこわくて断念。できてしまうがその世界にどっぷりとなってしまうことが怖い。 本当に自分がやりたいことだったのかどうかもいまでは不明。就職活動の際に海外にインターンに行ったりなどより活動をしたかった。。。。
1992年4月(20歳)
「君は、東京に来て、ウチの他に何社か面接を受けているのか?」「いえ、御社だけです」というイヤがらせのような「後がない」感を漂わせる純朴な地方出身の無力な若者、というキャラクター戦略で面接を成功させ、新富町にある小さな制作会社に入社。ここで5年ちょっとという思いのほか長い日々を過ごす。デザインチーフのO橋さんは痩身長髪にサングラスという、今思えばみうらじゅんそっくりな風体をしていた。7人ほどの小さな会社だった事もあるが、同年代の同僚と呼べる人間がいなかったことが僕を外飲みの傾向へと走らせたことは想像に難くない。
1999年(26歳)
社長の逃げ腰にのらりくらりと半年ほどかわされ、やっとの思いで円満退社。在籍中にこっそり10社ほど面接して、ほぼすべての会社にOKをもらったのはびっくりした。その中でもっとも給料が良かったのと、やりがいのありそうなメジャーな仕事が多かったという理由で芝浦の制作会社へ。辞めた翌日から入社したのだが、少しは休むんだったと後悔。入ってすぐに徹夜の日々を迎えた。主にアナログなデザイン作業を主戦場としてきたせいでMac作業をイチから覚えながらという感じで四苦八苦&七転八倒の日々。思うところあって4年半の勤務のあと退社。最初の会社と違い、同年代の魅力的な同僚に恵まれたのは自分の財産といえよう。昼夜逆転に近い勤務時間ゆえ夜遊び傾向が深化していった時期でもある。
2010年4月(35歳)
やっとの思いで退社。 思えば本当にブラックな会社で、よくまあ2年も居られたと思う。私しかできない仕事もあったので、最後の最後で引き止められ、断って逆ギレされ、円満に終えたかったのに次の仕事の勝手な憶測をされ、勝手な噂に振り回される。しかも、退職後にタダ出張させられる。でも思ってみればつっこみどころ満載でネタに困らない会社でもあった。
2008年3月(33歳)
なんとか自活の道をと、紹介された住宅会社へ社内SEとして入社。学生時代に希望していた業界で、半ばわくわくして入ったのもつかの間、とんでもない会社だと気づいたのはすぐのこと。これまでの仕事の価値観、人生の価値観とは真反対な職場だった。なんでもお金ってこういう世界なのかと思った。
2003年8月(21歳)
事業部の撤退でアルバイト先を退社。楽観的に考えて夏は遊ぶことに。
2001年8月(0歳)
勤めていた会社を退職>フリーで仕事するようになる
2006年4月(23歳)
某web制作会社に入社。群馬からいっきに新宿生活
2008年2月12日(29歳)
某社に入社。
2012年5月9日(36歳)
5年間働いた某社を退社。さーてなにやろう。