1990年11月 (11歳) 平成2年(36年前)
1990年(9歳)
このころから、そりゃあもう食べ始めた。あと、上級生にそそのかされて家出騒動を起こす。たしかこのころ。校長に「反省の色がない」といわれ、生まれて初めて「反省文」を書かされる。ありがたい事に、今のところそれっきり書いていない。
1988年12月(7歳)
「お父さんはいないけど明るく生きていきます!」という内容の作文を担任が作り、それを丸写しして賞をとる。
1997年5月(13歳)
恩師となる国語の先生に出会う。国語は得意だったけど、本気で取り組んでいないことを初めて見抜かれた先生。先生の影響で、太宰や石川啄木、山頭火、高村光太郎、茨木のり子などなど・・・文学にどっぷり浸かる。大人ウケを狙わず、ありのまま文章を書くようになったのもこの頃。
1998年(1998歳)
文章を書く楽しさに目覚める。
1990年(13歳)
読書が過ぎて文学的ストレスに悩む。円形脱毛症に陥るも、祖母にマジックで塗られ「これでよか!」と励まされる。熊本弁が好きになる。めめじょという方言を覚える。
1989年1月(7歳)
作文の事を祖母にカミングアウト。「黙っておきなさい」
1990年(7歳)
書道をはじめる
1997年5月(21歳)
大学生活を謳歌
1991年(7歳)
第一生命の「わたしが一番大切なもの」というテーマの作文で、何かの賞にひっかかる。初めての受賞。当時の将来の夢は漫画家。
1983年(9歳)
中日新聞に詩(ポエム)が2回ばかり掲載される。タイトルは「地球儀」と「とうもろこし」。文芸の絶頂期を迎える。