2005年7月 (23歳) 平成17年(21年前)
I県某所
2010年8月11日(27歳)
14:00くらいに勢得へ。つけめん食べる。相変わらず美味い。帰宅後風呂入る。16:40くらい千駄ヶ谷。17:00面接開始。未だかつてない好感触。テンション↑。帰宅。チャリで下北へ。rds2nd、店番は暮れ321さん。久しぶりにえら708。今成へ移動。チャラ合流。生4丁。軽くミーティング。だんだん無礼講。まお。えりねー召還。まおHUMMER。えりねーアンチで呑んでた。23:30くらい。電車組は終電で帰宅。若林までまおを送迎。ばなに電話。長浜へ。とんこつ醤油食う。美味い。自宅へ。ダラダラしていつの間にか就寝。ばなもいつの間にか帰宅。こっそり帰宅。
2008年8月16日(21歳)
仕事を辞め、その足で大分へ亡命。 しばらく音信不通になる。
2004年8月(20歳)
派遣会社にいくつか面接に行く。お盆で返事が遅くなったりして1ヶ月近く呆ける。前の会社のことも色々とショックだったのでちょっとした骨抜き。
2004年1月(17歳)
3日間彼氏と連絡がつかないまま迎えたお正月→すぐ復活
1999年(26歳)
社長の逃げ腰にのらりくらりと半年ほどかわされ、やっとの思いで円満退社。在籍中にこっそり10社ほど面接して、ほぼすべての会社にOKをもらったのはびっくりした。その中でもっとも給料が良かったのと、やりがいのありそうなメジャーな仕事が多かったという理由で芝浦の制作会社へ。辞めた翌日から入社したのだが、少しは休むんだったと後悔。入ってすぐに徹夜の日々を迎えた。主にアナログなデザイン作業を主戦場としてきたせいでMac作業をイチから覚えながらという感じで四苦八苦&七転八倒の日々。思うところあって4年半の勤務のあと退社。最初の会社と違い、同年代の魅力的な同僚に恵まれたのは自分の財産といえよう。昼夜逆転に近い勤務時間ゆえ夜遊び傾向が深化していった時期でもある。
2003年5月(22歳)
周りが仕事を始めてて、仕事の愚痴や相談のメールが来る中、「自分も大変だよ」と仕事に就いてる設定で返事を書くという苦行を強いられていた時期。
1978年4月(20歳)
都会に憧れ、リズム時計に就職するも満員電車でハイヒールで足を踏まれたり、空気もなじめず1週間で挫折・・・帰八
2007年3月(32歳)
思い切って熊本へ移住。社会に出て6度目の引越し。もう帰らないつもりで、みんなに見送られて出てくる。引っ越した直後、彼が入院。最後の入院になるなんて思ってもいなかった。
2011年(33歳)
一回か数回か旦那が夜中のミルクをやってくれたことがあった。 がうまくいかなかったんか、あんたになつきすぎてると バカ野郎ふざけんな。
2007年7月7日(30歳)
忘れもしねぇ。「777」と揃った日に車ぶつけた。